2011年 05月 23日
ノブヒェン募金

なかにはわざわざ顔を見に来てくださる方も・・・
hanaさんは、昼休みに「ノブヒェン(基本はドイツパンのブレートヒェン=丸い小型パン)」を届けてくださいました。
この「ノブヒェン」は斐伊川のほとりの焚き火小屋で焼かれています。
東北大震災の被災地の皆さんが手近な材料で煮炊きができるようにと、焚き火小屋の管理人さんが開発された「瓦のキッチンストーブ」。
その瓦のキッチンストーブと専用の簡易オーブンを使って作る手作りのパンが「ノブヒェン」です。
しかもこのノブヒェンは酵母入りの特別なノブヒェン。
このノブヒェンは1個500円・・・・て、いくら特別でもありえませんよね。
実はこの500円は、東日本大震災の被災者の方々へ、かゆいとところに手が届く支援をしようと立ち上がられた「まごのて救援隊」への支援金なのです。
そしてノブヒェンは、支援のお礼にと、焚き火小屋の管理人さんからのプレゼント。
名付けて「ノブヒェン募金」プロジェクト。
「瓦のキッチンストーブの作り方」「瓦のキッチンストーブでピザやパンを焼いてみよう」という漫画をブログにアップされた方。
その漫画を、パソコンで見ることが出来ない方にも見て頂けるようにと、冊子にされたhanaさん。
そのほかたくさんの方の協力で支援の輪が広がっています。
2011年 05月 13日
職場復帰
10日からウォーミングアップのために半日ずつ出勤しています。
まだ復帰とはいわないかな(^_^;)
休んでいる間に年度が替わったので、顔ぶれや配置が替わっていて、浦島太郎です。
雪降る2月から、いきなり新緑の5月・・・
これから決算見込みのヒアリングというときだったのに、復帰後最初の仕事が決算書づくりで、なんだかへんな気分。
空白の3か月を取り戻すのにしばらくかかりそうです。
でも、パソコンとコピー機のパスワードがスラスラ出てきたので、まだまだ捨てたもんじゃないかな~
3か月ぶりの出勤に抹茶マドレーヌを作って持っていきました。
パン教室のお楽しみメニューのレシピなので、とっても美味しいです♪
そして、発病後初めてから揚げを作りました。
あのときのいやな気分を思い出しそうでちょっと怖かったけど、なんとか大丈夫でした。
プレートの奥にあるのはスナップエンドウとタケノコのガーリック炒め。
スナップエンドウは茹でずに炒めたので、ポリポリの歯ごたえがいい感じです。

2011年 05月 08日
ワタシが寝てる間に
動脈瘤ができる原因の詳細は不明ですが、先天的あるいは後天的に脳の血管壁が脆弱となり、この部分に長年にわたる血液の流れのストレスが加わって、血管が風船のように膨らんでできると考えられています。多くの場合、血管の分岐点に形成されます。脳動脈瘤はある程度以上の大きさになると、その壁の一部が内圧(血圧)に耐えられなくなり破裂し、くも膜下出血を発症し、あるいは周辺の神経等を圧迫して特有の神経症状を引き起こします。 <治療計画説明書より>
ちなみにワタシの動脈瘤は4ミリ、出血の程度はグレード3(0から5に段階的に分類され、この段階が高いほど予後は不良)でした。
一度破裂した脳動脈瘤は多くの場合再度破裂し、再破裂するとほとんどの例が死亡し、あるいは高度の障害を残した状態(例えば植物状態)に陥る危険性が高くなります。
ワタシの場合は、この再破裂が起こらなかったこと、休日だったけれど教授が近くにいらしてすぐに手術をしていただけたことが幸いでした。
結果的に手術は成功したわけですが、家族には「手術を行って、術後の経過も順調であれば、救命の望みもあると考えられるが、どこまで元気になれるかは不明で、死亡の可能性、寝たきりとなる可能性は十分にある」と説明があり、ハハはとても説明を聞いていられなかったそうです。
検査や説明を経て、手術が始まったのは午後7時過ぎ。
手術は脳動脈瘤頸部クリッピングといい、全身麻酔下で開頭手術を行い、脳動脈瘤の頸部をクリップではさみ、動脈瘤への血流を遮断することにより再破裂を防ぐものでした。
くも膜下出血では術後に脳が腫れるため、開頭時に外した頭蓋骨を戻さずに圧力の逃げ場を作ります(外減圧術)。外した頭蓋骨は(特に申し出がない限り)病院で医療的に処理され、脳の腫れが引いてから(ワタシの場合は4週間後)に人工物で頭蓋骨を形成する手術を行います。
また、出血や髄液を外に出すための頭のてっぺんにドレナージチューブが付けられました。
手術は予定通り約5時間で終了し、その後はICUへ入室。
オットの話によると麻酔から覚めたのは翌日の9時半だそうです。