人生3回目の開頭手術

先日、人生3回目の開頭手術をする羽目になりました。
1回目は5年前のくも膜下出血のクリッピング手術のため。
2回目はクリッピング手術の1か月後に人工骨を入れるため。
なんと、今回は5年前に入れた人工骨が感染症を起こしてしまったのです。
眉の横の腫れが、感染症の症状が出ている部分です。


a0005083_16380890.jpg

原因は副鼻腔炎でした。
以下、「症状と治療方法の説明」より抜粋です。

副鼻腔炎の頭蓋進展の結果、過去のくも膜下出血後の人工形成頭蓋骨に、副鼻腔炎の感染及び炎症が波及し、人工物であるレジン製の人工頭蓋骨に細菌感染を生じていると考えられます。抗生剤治療で感染が制御されることを期待し、抗生剤の点滴投与で経過を見ました。副鼻腔炎自体はある程度抗生剤で制御されていると判断される一方で、人工物であるレジンに波及したと考えられる感染・炎症を制御できませんでした。人工物には血液が流れていないため、人工物になんらかの原因で細菌感染が生じると、人工物の一時的な除去を行わないと感染症が治らないのが、人工物の欠点です。このため、感染が周囲の正常組織に波及しないように、人工物を除去します。

a0005083_17160563.jpg


というわけで、今回は、①レジンを除去 ②前頭部の頭蓋を一度切り離して副鼻腔粘膜を除去処理し、前頭骨を再度形成 ③レジンで覆っていた欠損部をチタンで形成ーという手術を一度に行っていただきました。

実は、これは一般的な方法ではないとのこと。

レジン抜去の後は、一般的には、半年間ないしは1年間の間を空けて、細菌感染が十分に治まったと判断される時期にレジンではない材料を用いて頭蓋の再形成を行うのがスタンダードな方法だそうです。
半年、場合によっては1年間も、頭蓋骨が一部欠損した状態で退院するのですから、欠損部分を保護するために保護帽をかぶって生活しなければなりません。

今回、家庭の事情により、そんなことはしたくないと訴えた結果、前述の②③を一時的に行う方法を考えて提案してくださいました。
もし、経過が不良なら再度開頭してチタン製頭蓋を除去。半年後に再度チタンで頭蓋形成というリスクも抱えていましたが、5年前、私を生かしてくださったドクターにすべてを委ねることにしました。

結果、手術は成功し、経過も良好で、1か月の自宅療養を経て9月1日から仕事に復帰します。
私のわがままを聞き入れ、オリジナルな方法を考え、実施してくださった脳外科のA教授には感謝の気持ちでいっぱいです。


CT画像をご覧になりたいかたはこちら
by funochan | 2016-08-31 11:26 | くも膜下出血 | Comments(5)

くも膜下出血から4年経ちました。
a0005083_14490014.jpg
先週、1年ぶりに手術していただいた大学病院を受診しました。
MRIの予約を取るためです。
診察室に入ると、主治医の先生が、
「あれから4年?全然変わらないね~」
と嬉しいお言葉を掛けてくださいました。
MRIは4月になりましたが、
頭の中もそうであってほしいものです。
a0005083_14174046.jpg
仕事と編み物と、その他いろいろ・・・に追われていて、
ブログに手が回りませんが、
変わらず、元気に過ごしています。
上の写真は、鳥居節子さんデザインの
スカラップストール。
フワフワのモヘアで1メートルくらい鎖を編んで、
長編みの松編みを編むと、
花びらをつなげたようなストールになります。
それをぐるぐる巻くと、
写真のようにバラの花のできあがり。
コサージュにしようと思ったのですが、
一度つけてみたら、ちょっと大きすぎました。

a0005083_14172698.jpg
もう少し落ち着いたら、昨年の出来事を、
まとめてUPしたいな~と思っていますが、
はたして、そんな日が来るのか・・・

4年前、受験生だったメイッコが、
当時の私の担当看護師だった、
看護師1年生のCちゃんの大学の後輩となり、
今春からが大学病院に勤務することになりました。

とりあえず、ご報告まで。

by funochan | 2015-02-15 15:19 | くも膜下出血 | Comments(4)

闘病ブログとうたっておきながら、くも膜下出血から2年たちましたから1年ぶりの投稿になってしまいました。
「くも膜下出血」で検索して来られた皆様には申し訳ありません。

しかももう今日から3月。
くも膜下出血から3年と15日です。

ときどき、仕事で医学部関係の方にお会いすることがあります。
たいてい酒席なので、お酌しながら「私が今ここでこうしてお話できるのも、脳外の皆さんのおかげです」と言うと、「後遺症も全然ないなんて、ほんとによかったですね~」とおっしゃってくださいます。
ドクターの皆様にそう言われるたび、くも膜下出血後、全く後遺症もなく社会復帰できることがどんなにラッキーなことかと、あらためて思います。

入院中、同室の患者さんからお借りした本で「和顔施」という言葉を知りました。
仏教用語で、和顔は笑顔のこと。
笑顔を施すというのは、笑顔は相手を幸せな気持ちにしたり、元気を与えたりするということです。

生かしていただいた幸せを、笑顔でお福わけできるよう、心がけたいものです。
a0005083_21510378.jpg

by funochan | 2014-03-01 23:14 | くも膜下出血 | Comments(0)

2年前の今頃は、島大医学部附属病院でくも膜下出血の手術を受けていました。
もう、家族もすっかり忘れていて、誰も何も言ってくれないので、一人で感慨にふけっています。

この1年は、いくつか新しいことに挑戦しました。
多分、病気になっていなかったら、、いつかそのうち・・・と思うだけで過ぎていったでしょう。
今日と同じ明日がくるとは限らないと身をもって体験したからこそ、一日一日を大切にしたいという思いに後押しされて、充実した日々を過ごすことができるのかもしれません。

a0005083_2232993.jpg

当時、就活真っ最中だったムスコは昨年春に地元で就職し、昨日は高校生の就職内定者合同研修でお話する機会をいただきました。上手く話せるのだろうか・・・と心配していたら、同じ研修で講演された会社の社長から、写真をいただきました。ちゃんと、前を向いて話しています。内容はさておき、それだけで母は感激です。

ムスコのこんな姿を見られるのも生きていればこそ。
生かされてある喜びに感謝し、3年目を大切に過ごしていきたいと思っています。
これからもどうぞよろしくお願いします。
by funochan | 2013-02-13 22:50 | くも膜下出血 | Comments(7)

生きててよかった記念日

くも膜下出血の手術から1年たちました。

2月13日はワタシの「生きててよかった記念日」です。
本当は祝杯を挙げたいところですが、寒いせいか血圧がちょっと高めなので、主治医の先生に「お酒はまだまだだな」と言われてしまいました。
しかも、よりによって天敵2号との飲み会の予定が入り・・・・もちろん私は「フリー」でお付き合いですが・・・案の定、奈落の底に落とされました。
人生ってこんなもんですね。
でも、やっぱり生きててよかったと、今朝、横断歩道の信号待ちのときに空を見上げてしみじみ思いました。
この1年は、今までに増していろんな出会いに恵まれ、とても充実した日々を過ごすことができたのも、なにか大きな力に導かれているのかもしれません。
退院以来、風邪もひかず、ロキソニンのお世話にもならずに過ごしました。
体調を心配してくださる方には申し訳ないほど元気です。
日曜日には1年ぶりにヘアマニキュアをしました。
もう、1年前にくも膜下をした人には見えないですよね^m^
調子に乗って羽目を外さないように気を付けながら、のんびり、ゆっくり、こつこつ・・・
感謝しながら生きていきたいと思います。
a0005083_0453445.jpg

by funochan | 2012-02-14 22:45 | くも膜下出血 | Comments(8)

笑い療法士の伊藤先生

入院中には出会いがたくさんありました。

その一つが、腎臓内科の伊藤先生との出会いです。

伊藤先生は、自己治癒力などを高めるとされる「笑い」の力に着目し、患者の心に寄り添った医療サービスを推進しようと、「笑い療法士」資格をとって院内で患者さんたちのために「げらげら公楽歩」という会を主催していらっしゃいます。

そのことは、2~3年前の山陰中央新報に紹介の記事が載っていて、心の引き出しにしまっておきました。

昨年、ある講演会の講師に伊藤先生をお願いしたくて、当時はまだ見ず知らずの先生にお電話をしたら、残念ながら、ちょうど診察日ということで実現しませんでした。

そして、今年・・・
術後しばらくして大部屋に移ったら、そこには脳神経外科だけでなく、腎臓内科の患者さんもおられて、伊藤先生がときどき回診にいらしたのです。

これは伊藤先生にお願いするチャンス!と思いましたが、いつもお忙しいそうでしたし、私も復帰後その仕事を担当するかどうかわからなくて休業中の身で出すぎたことをするのも・・・と躊躇している間にご挨拶もできずに退院してしまいました。

無事に職場復帰し、結局、今年の人事異動はなしになり、日程調整したところ、残念なことに今年も先生の診察日に当たりました。
ダメ元で何度か医局にお電話するも、いつもお留守です。

メールでもしようかと大学病院のサイトを見たら、ちょうど翌日に「げらげら公楽歩」が開催されることがわかりました。

これはもう行くしかありませんよね。
というわけで、昨日、伊藤先生の患者さんだったOさんを誘って参加してきました。

何気ない日常を語られる中にも笑いが散りばめられていて、最後は、万歳しながらわっはっはっはと大笑い。
きっとNK細胞が活性化して、免疫力が高まったことでしょう。

やっぱり今年も診察日で願いは叶いませんでしたが、来年はぜひとおっしゃってくださいました。

転んでもタダでは起きないやつ・・・なんて声が聞こえてきそうですね^m^

来年の講演が今から楽しみです。

ご一緒したOさんが記念写真を撮ってくださいました。
見るからに、癒し系のお顔ですよね
a0005083_2226993.jpg

by funochan | 2011-08-21 23:02 | くも膜下出血 | Comments(4)

生きていればこそ

ブログにお見舞いのコメントをいただいたご縁で素敵な先輩にお会いすることができました。

きっかけはどうやら健君のコンサート。

サントリーホールでコバケン×日フィル×健君のコンサートに行かれたyumiさんが、錦織健で検索してヒットしたのが「伊那谷の山」のひとりごとのページ。
そこには伊那谷君が高1のときのクラスメイトだった健君との思い出が綴ってありました。
yumiさんは伊那谷君のリンクからワタシのブログへたどりつき、お見舞いのコメントを書き込んでくださったというわけです。


その伊那谷君は3年前の7月15日、転移性脳腫瘍(原発巣は肺)のため、49歳の誕生日の10日前に彼岸に旅立って行きました。

中学の教員をしていた彼は、始業式の日に気分が悪くなり保健室で休んでいましたが、症状がますますひどくなり、救急車で病院へ運ばれたのです。

あの2月13日、「なんかおかしい!?」と思ったときに思い浮かんだのは、彼の掲示板に記されていた脳腫瘍の最初の症状でした。
私も彼と同じ病気?彼が呼んでるの?と一瞬思いました。
でも、すぐにそんなことを考えている余裕はなくなりましたけど・・・。

伊那谷君は1年間の闘病の末に旅立ってしまいましたが、ワタシはこうしてすっかり回復し、多少の制約はあるものの、今までと変わらない日常生活を営んでいます。

ときどきこの出会いは何かに導かれているって思うことがありますよね?
ワタシにとっては今回のyumiさんとの出会いがまさにそれです。

「人生にはまだまだ楽しいこともあるからもう少し頑張って生きろよ」と、伊那谷君から背中を押されたような、そんな気分です。


そんなきっかけでご縁ができたyumiさんと、もっとグローバルな輪につながっているわかったときには鳥肌が立ちました。

ノブヒェン募金の記事をアップしたときのことです。
ユミさんから思いもよらないコメントをいただきました。

日夜、被災地支援のためにロケットストーブを作り、まごのて救援隊の支援のためにノブヒェンを焼いている焚き火小屋の管理人さんと、そのサポートをなさっているhanaさんが、ローマにいらっしゃるjunkoさんとお知り合いで、ユミさんもまたjunkoさんと別のルートでお知り合いだったのです。

yumiさんもコメントで書いていらしたように、「何百万人のブログの世界でも、繋がるところは繋がる」って、本当に不思議です。

そのユミさんが、ご両親のお墓参りのために帰省され、yumiさん、hanaさん、ワタシの3人で広場で待ち合わせ。

続きはまた今度・・・
by funochan | 2011-07-19 23:09 | くも膜下出血

外来

外来の受診日でした。
今日はMRIも撮りました。
まぁ、こんなものだそうです。

血圧も、ドクターが「僕のさじ加減は絶妙だなぁ」と感激するほど安定しています。
次回の外来は7週間後の8月8日です。

「くも膜下出血で人生観変わった?」とときどき聞かれます。
入院中や自宅療養中は、いろいろ思うところもありました。
家族のこととか、仕事のこととか・・・・

24時間付き添いがが必要な間は、家族のありがたさをひしひしと感じました。
特に75歳になるハハに夜の付き添いをしてもらったときは、退院したら、この恩をどうやって返そうかと。

そして、これは仕事を辞めて好きなことをしろという天の声だと思いました。
かれこれ30年も勤めたし、仕送りもあと1年で終わるし、やりたいこともあるし・・・
これが潮時なのだと。

でも、ちょうど年度替わりで忙しい時期に、しかも事務局長が定年退職。
諸般の事情で欠員補充はなく、総務課長が局長に昇格して課長も兼務したうえに私の仕事もするという、一人三役をこなしている現実に、とにかく早く出てこいと促されるまま、12週間で職場復帰。

出てこいと言われるうちが華だと、「あとりえ&かふぇ*ひなた」プロジェクトはしばらくお預けにして仕事を始めれば、もうなにもかも元通りで、家族への感謝もどこへやら・・・

昨日ハーブ園でも、バラやハーブの苗を見ながら買おうか買うまいか散々悩んで、どうせ庭なんか私の好きなようにはできないし・・・とあきらめて帰ったし(^_^;)

でも、あのときの気持ちを思い出させてくれるのが、外来のついでに訪ねることにしている4階西病棟。
スタッフステーションを覗くと、当時の看護師さんたちが温かく迎えてくださいます。
私にとって外来の日は、もう一度「家族の絆」を再確認すると同時に、少しずつでも前に踏み出そうと奮い立たせてくれる日でもあるのです。
実はその4階西病棟は、来週から改修工事が始まるので当分立ち入り禁止らしいです(-_-;)

a0005083_22571262.jpg

昨日、蒜山から大山スカイラインを通り、桝水原を経てみるくの里へ。
ソフトクリームを食べながら大山を眺めているうちに、「あ~またこの景色に出会えてよかった」と思ったとたん、思いがけず涙がこみ上げてきました。
by funochan | 2011-06-20 23:10 | くも膜下出血 | Comments(6)

職場復帰

おかげさまで、職場復帰しました。
10日からウォーミングアップのために半日ずつ出勤しています。
まだ復帰とはいわないかな(^_^;)
休んでいる間に年度が替わったので、顔ぶれや配置が替わっていて、浦島太郎です。
雪降る2月から、いきなり新緑の5月・・・
これから決算見込みのヒアリングというときだったのに、復帰後最初の仕事が決算書づくりで、なんだかへんな気分。
空白の3か月を取り戻すのにしばらくかかりそうです。
でも、パソコンとコピー機のパスワードがスラスラ出てきたので、まだまだ捨てたもんじゃないかな~

3か月ぶりの出勤に抹茶マドレーヌを作って持っていきました。
パン教室のお楽しみメニューのレシピなので、とっても美味しいです♪
そして、発病後初めてから揚げを作りました。
あのときのいやな気分を思い出しそうでちょっと怖かったけど、なんとか大丈夫でした。
プレートの奥にあるのはスナップエンドウとタケノコのガーリック炒め。
スナップエンドウは茹でずに炒めたので、ポリポリの歯ごたえがいい感じです。
a0005083_21561046.jpg

by funochan | 2011-05-13 22:19 | くも膜下出血 | Comments(8)

ワタシが寝てる間に

ワタシが睡眠剤で眠っている間に、さらにMRIなどの検査が行われ、病名は右内頸動脈の動脈瘤破裂によるくも膜下出血と診断されました。

動脈瘤ができる原因の詳細は不明ですが、先天的あるいは後天的に脳の血管壁が脆弱となり、この部分に長年にわたる血液の流れのストレスが加わって、血管が風船のように膨らんでできると考えられています。多くの場合、血管の分岐点に形成されます。脳動脈瘤はある程度以上の大きさになると、その壁の一部が内圧(血圧)に耐えられなくなり破裂し、くも膜下出血を発症し、あるいは周辺の神経等を圧迫して特有の神経症状を引き起こします。 <治療計画説明書より>


ちなみにワタシの動脈瘤は4ミリ、出血の程度はグレード3(0から5に段階的に分類され、この段階が高いほど予後は不良)でした。

一度破裂した脳動脈瘤は多くの場合再度破裂し、再破裂するとほとんどの例が死亡し、あるいは高度の障害を残した状態(例えば植物状態)に陥る危険性が高くなります。
ワタシの場合は、この再破裂が起こらなかったこと、休日だったけれど教授が近くにいらしてすぐに手術をしていただけたことが幸いでした。

結果的に手術は成功したわけですが、家族には「手術を行って、術後の経過も順調であれば、救命の望みもあると考えられるが、どこまで元気になれるかは不明で、死亡の可能性、寝たきりとなる可能性は十分にある」と説明があり、ハハはとても説明を聞いていられなかったそうです。

検査や説明を経て、手術が始まったのは午後7時過ぎ。
手術は脳動脈瘤頸部クリッピングといい、全身麻酔下で開頭手術を行い、脳動脈瘤の頸部をクリップではさみ、動脈瘤への血流を遮断することにより再破裂を防ぐものでした。
くも膜下出血では術後に脳が腫れるため、開頭時に外した頭蓋骨を戻さずに圧力の逃げ場を作ります(外減圧術)。外した頭蓋骨は(特に申し出がない限り)病院で医療的に処理され、脳の腫れが引いてから(ワタシの場合は4週間後)に人工物で頭蓋骨を形成する手術を行います。
また、出血や髄液を外に出すための頭のてっぺんにドレナージチューブが付けられました。


手術は予定通り約5時間で終了し、その後はICUへ入室。

オットの話によると麻酔から覚めたのは翌日の9時半だそうです。
by funochan | 2011-05-08 11:48 | くも膜下出血 | Comments(3)